第18回 徳川宗賢賞受賞論文(2018年度)

○ 優秀賞

「言語/身体表象とメディアの共謀的実践についてーバラク・オバマ上院議員による2008年民主党党員集会演説を題材に」第20巻1号,pp.84-99

片岡邦好(愛知大学)

○ 萌芽賞

「確認要求に用いられる感動詞的用法の『なに』-認識的スタンス標識の相互行為上の働き」第20巻1号,pp.100-114

遠藤智子(成蹊大学)・横森大輔(九州大学)・林 誠(名古屋大学)

授賞理由

○ 優秀賞

「言語/身体表象とメディアの共謀的実践についてーバラク・オバマ上院議員による2008年民主党党員集会演説を題材に」第20巻1号,pp.84-99

 本論文は,バラク・オバマ氏が民主党代表として大統領戦出馬を決定付けた2008年のアイオワ州での勝利宣言の演説を取り上げ, 演説のテクスト・演説実践・TV放映実践の三層の実践と捉えて,それらをマルチモーダル分析の手法で微視的に分析したものである.これまでもオバマ氏の演説は,多くの言語学者,談話分析者,コミュニケーション研究者が分析しているが,本論文は,語彙やフレーズ,複文レベルの限定的な談話にとどまらず,演説全体を包括的なパフォーマンスとして捉え,演説者と聴衆が相互行為的に演説を共想する様を,またオバマ氏の言語的,身体的表象だけでなく,TV放映による戦略的なメディア実践も分析している.

 その結果,テクスト分析だけでは理解しえない聴衆や視聴者に向けられた暗黙知に基づく操作・技能を中心に,それを通じて複数のレベルで共創される詩的テクストと演説者とメディアによる共謀関係を明らかにしている.すなわち,聴衆や視聴者に訴える演説の効果は,語り手個人の技能によるだけでなく,聴衆とメディアによる多層的な共謀関係により達成されることを明らかにしている.

 このように本論文は,オバマ氏の演説についての従来の研究の枠組みを越え,演説のテクスト・演説実践・TV放映実践の三層の実践という観点から考察を行った大変優れた論文であり,徳川宗賢賞優秀賞にふさわしい論文として高く評価できる.

○ 萌芽賞

「確認要求に用いられる感動詞的用法の『なに』-認識的スタンス標識の相互行為上の働き」第20巻1号,pp.100-114

 本論文は,「じゃあなに俺はこっそりと:待機しとっけっちゅうわけ?」のような確認要求に用いられる感動詞的用法の「なに」について,認識的スタンスの標識として記述を行い,その相互行為上の働きについて論じたものである.得られた主な結論は次のとおりである.

  1. 会話の相手が明示的には述べていないことに対して話し手が確認を要求する際に用いられる.
  2. 相手に確認を求める内容が,先行する会話の中で得た手がかり等の不十分な証拠に基づいて推論を行うことで得られたものであり,その正しさについて強い確信を持たないという話し手の認識的スタンスを標識するものである.

 さらに,「なに」は発話が行われる個々の文脈に応じて,確認内容に対する驚きおよび否定的態度等の情動表出や,からかいまたは話題転換等の行為を行う資源としても働くことが指摘されている.

 このような確認要求に用いられる感動詞的用法の「なに」についてはこれまで詳しい研究がまったくなかったが,本論文では相互行為データを用いて精緻な分析を行い,「なに」の相互行為上の働きについて非常に説得力のある結論を出している.

 このように本論文は文法的形式の機能について相互行為の面から分析した優れた論文であり,徳川宗賢賞萌芽賞に値するものとして高く評価できる.

徳川宗賢賞を受賞して

片岡邦好

 この度は大変栄誉ある賞を授与いただき,未だに驚きと面映ゆさを拭い去れずにいます.改めて,本稿執筆のきっかけを与えて下さった「現代社会におけるメディア研究」特集号の編者,査読者の皆様に厚くお礼申し上げます.また,日頃からミクロ分析の重要性とマクロ要因の多様性を痛感させてくれる,多くの研究仲間からの刺激が何ものにも代えがたい原動力でした.

 本論文では,日常に浸透したTV放映という活動を,3層からなるレベル間の統合的な実践という観点から考察しました.もちろんこれは便宜的な分類に過ぎません.演説というジャンル固有の特殊性に加え,伝えるという行為には普遍的な指向性も潜んでいるため,さらに複雑な様相を見せる可能性もあります.また,今回は勉強不足ゆえに演説に埋め込まれた政治性にまで踏み込めていませんが,今後の課題として考察を深める決意を新たにしています.社会生活の大部分がことばを中心に廻っていることを思えば,ことばは空気のようなものかもしれません.今回の受賞は,その無標な性質を異化し,実体化することが言語研究者に与えられた特権であり使命であることを再認識させていただく機会となりました.

遠藤智子・横森大輔・林 誠

 この度は栄えある徳川宗賢賞にお選びいただき誠にありがとうございます.本論文は,日本語の「なに」が,確認要求を行う極性疑問文とともに用いられる現象について,会話分析のアプローチから研究したものです.この現象については,もともと遠藤・横森の二名と林のそれぞれが独立に事例収集と分析を行っていたのですが,たまたまお互いが同じ現象に取り組んでいることを知り,それならば一緒にやりましょう,と3人での共同研究が始まったのでした.以来,主にメールを介して議論を重ねて論文の完成と出版に至りましたが,分析や考察について3人で意見を交わす過程は大変刺激的で,共同作業の楽しさを感じながらの論文執筆となりました(本研究に関して3人の間でやりとりしたメールは,確認できただけで484通ありました).

 共同作業ということで言えば,本論文は私達3人の力だけで書かれたものではなく,様々な方々からのご助言・ご支援の賜物でもあります.査読者の方々にはいくつもの重要なご指摘をいただきました.また,複数のデータセッションにて参加者の方々から有益なご意見をいただくことで事例分析をより頑健なものにすることができました.なにより,私達の研究は相互行為と文法の問題,中でも認識性(epistemics)の問題についての関心の高まりを背景としており,問題意識を共有する国内外の研究者の皆様との学術交流あってのものだと思っております.皆様方に感謝申し上げます.ありがとうございました.