2022年度(第22回 受賞論文)

第22回 徳川宗賢賞受賞論文(2022年度)

優秀賞

該当なし

萌芽賞

「カテゴリーの共生から相互行為としての共生へ」
第24巻1号, pp.109-124.

中島武史
(大阪府立だいせん聴覚高等支援学校(掲載時*))
  • 受賞時の所属: 兵庫教育大学・関西学院大学手話言語教育センター

萌芽賞

「医学部留学生の医療面接場面におけるコミュニケーションの特徴」
第24巻1号, pp.189-203.

品川なぎさ
(国際医療福祉大学大学院(掲載時*))
稲田朋晃
(十文字学園女子大学)
  • 受賞時の所属: 国際医療福祉大学

授賞理由

萌芽賞

中島武史
「カテゴリーの共生から相互行為としての共生へ」

第24巻1号, pp.109-124.

 本論文は,これまでの「共生」のあり方を批判的に検証し,今後目指すべき「共生」の姿として,少数派と多数派の分断や二極化の解消と,両者をまきこんだ「相互行為としての共生」のあり方について提言を行ったものである.まず,在住外国人向けの平易な日本語として位置づけられる<やさしい日本語>は,社会の多言語化を諦め,同化主義や少数派と多数派の二極化を強める危険性を孕むと批判している.そして,「言語権」の観点から,在住外国人やろう児などを含む少数言語話者の第一言語を保障することを第一とし,<やさしい日本語>はそれらの人々の日本語学習の保障機能を担うものであると再定義した.次に,「言語権」で見落とされている論点として知的障害者の例をあげ,構造的に階層化された同一言語内の不平等や断絶を指摘した.これをより普遍的で幅広い「障害学的言語権」に理論展開することにより,言語的共生の議論を障害者にも広げ,多様な人々の情報保障を行うことを提案している.また,相互行為が実際に行われる具体的な「場」における小さな共生を推進し,そのあり方を研究することで,誰もが当事者として共生社会に貢献していけるようになると主張している.

 本論文は,「やさしい日本語」の問題点を切り口に,言語権と障害学を接続した障害学的言語権の理論化に向けた提言を行っている点で高く評価できる.従来の「共生」の考え方と実態に再考を迫り,すべての人が社会の構成員として自己表現し社会と繋がる権利をもつことができる実践とは何かを鋭く問うている.理論的な根幹に現在の社会言語学の動向とも合致した理念を置いており,日本語を通じた「共生」を考える上で重要な論考であるといえる.共生社会のあり方を俯瞰的かつ実証的に検討し,現在のことばと社会に関する問題点を解決する取り組みを進展させる視点と提案を明確に示しており,徳川宗賢賞萌芽賞にふさわしいと判断された.

萌芽賞

品川なぎさ・稲田朋晃
「医学部留学生の医療面接場面におけるコミュニケーションの特徴」

第24巻1号, pp.189-203.

 本論文は,医学部に在籍する留学生と日本人学生による模擬医療面接データをRIAS(The Roter Interaction Analysis System)を用いて分析し,患者とのコミュニケーションの特徴について日本語教育の観点から考察したものである.分析の結果,留学生は「患者に対する質問」において「開かれた質問 open-ended questions」が少ないこと,「患者の返答への確認」において患者の理解の確認・正確な伝達・明確化のための言い換えが少ないことを明らかにした.
 本論文は,医師を志す留学生と患者とのコミュニケーションにおける言語運用面に見られる特徴を日本人学生との対照を通して量的に分析し,その過程を詳述した点で高く評価できる.医学部に在籍する留学生は短期間で高い日本語運用能力を身につけ,患者と円滑なコミュニケーションを行うことが求められるが,医療現場の留学生の日本語に着目した研究は限られているという点でも,本論文は価値があると言える.また,考察を踏まえて,医療面接における「型」を示すだけではなく,具体的で適切な表現を提示する必要性と,文脈ごとにそれらの表現を学び練習を重ねる過程の必要性という,今後の日本語教育の実践に資する提言を行っている.本研究は日本人学生を対象とした医療場面のコミュニケーション研究にも応用できる点でも優れており,さらに知見を深め,新たな発見が期待できる研究として,萌芽賞にふさわしいと判断された.

徳川宗賢賞を受賞して

中島武史

 この度は,萌芽賞にご選出いただきありがとうございました.とても嬉しく思います.本論文だけではありませんが,これまでに出会った ろう学校の生徒たちとの学校生活から多くのことを学び,着想を得て,それらが私の研究を前進させてくれたことは間違いありません.この場を借りて改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います.また,批判的社会言語学という観点での研究や,社会言語学と障害学の学際的な検討へと私を方向付けてくださった方々,永眠されている先輩にも感謝しています.

 自分の思考回路と言動を内省しながら,これまで関わってきた人たちと共に,ウェルフェア・リングイスティクスの進展に貢献していきたいと思います.今後ともご支援とご協力をお願いいたします.

品川なぎさ・稲田朋晃

 この度は萌芽賞にご選出いただき,誠にありがとうございます.このような栄誉ある賞をいただき,大変嬉しくありがたく存じます.

 日本語が初級レベルの医学部留学生の教育は日本では前例がないことから,私共日本語教員は,文字通り手探りで教育を始めました.教育実践を進める中で,6年間の医学教育期間中にいつどのような日本語力が留学生にとって必要なのか,それを探求したいと思うようになり,本研究をスタートするに至りました.

 医学部留学生の日本語研究は,医学教育や医療現場への日本語教員の介入の難しさから,調査や研究が進んでいないのが現状です.この度賜った栄誉は,今後の研究促進に向けて大きな後押しとなり,励みとなります.医療分野の日本語研究における知見の蓄積に向けて,今後も精進する所存でございます.

 改めまして,本研究を支えて下さった全ての方々,拙稿に貴重なご助言,ご指導を下さった査読者の先生方に,心より深く感謝申し上げます.