第16回 徳川宗賢賞受賞論文(2016年度)
優秀賞
「「第二言語としての日本語小論文評価における「いい内容」「いい構成」を探る―評価観の共通点・相違点から―」
第18巻1号111-128頁
- 坪根由香里
- (大阪観光大学)
- 田中真理
- (名古屋外国語大学)
萌芽賞
「日本語の翻訳字幕における省略・縮約の実現―韓国語との対照分析―」
第18巻2号19-36頁
- 尹 盛熙
- (関西学院大学)
受賞理由
優秀賞
「第二言語としての日本語小論文評価における「いい内容」「いい構成」を探る―評価観の共通点・相違点から―」
坪根由香里・田中真理
本論文は,第二言語としての日本語小論文の「内容」と「構成」の評価が評価者によってどのように異なるかを検討した上で,どのような小論文が「いい内容」「いい構成」と評価されるのかを明らかにしたものである.
「いい内容」の要因としては,1)主張の明確さ,2)説得力のある根拠を分かりやすく示すこと,3)全体理解の助けになる書き出し,4)一般論への反論であることの4つがあると結論づけている.一方で,視点の面白さと例示に関しては評価者によって評価が分かれたという結果も示している.
「いい構成」の要因としては,1)メタ言語の使用,2)適切な段落分けをし,段落内の内容が完結していること,3)反対の立場のメリットを挙げた上で反論するという展開,4)支持する立場,支持しない立場に関する記述量のバランスの4つが認められたとしている.
本論文は,小論文に対する評価が評価者によってどのように異なるか,また,多くの評価者が共通して評価する要因は何かを,量的および質的両面の綿密な調査によって具体的に解明している.本研究の対象は第二言語としての日本語小論文の評価であるが,この結果は第一言語としての日本語小論文の評価でも大きくは異ならないと考えられ,大きな意義がある.
本論文はライティングの評価研究に大きな貢献をするものであり,徳川賞優秀賞に値するものとして高く評価できる.
萌芽賞
「日本語の翻訳字幕における省略・縮約の実現―韓国語との対照分析―」
尹 盛熙
本論文は,欧米のテレビドラマシリーズのDVDから10作品を選び,その日本語字幕と韓国語字幕を対象に,文字数,情報の省略・縮約,文型等を質と量の両側面から分析したものである.
その結果,韓国語字幕に比べ,日本語字幕において文字数や情報量が少ない傾向にあった.また,日本語字幕では,情報の省略と縮約を実現する手段として「助詞止め文」「名詞止め文」の使用頻度が高いことが明らかにされた.このことは,単に字数が削減されて読解が容易になり,簡潔で強い印象を与えるだけでなく,同時にヴォイスやアスペクト,テンス,モダリティなどの文法形式をも省略し,受け手の推測に任せることを意味する.筆者によれば,そのことにより,視聴者の劇的緊張感がさらに高まる効果がもたらされる.
また,筆者は,新聞の見出しなどの日本語においても,「助詞止め」によって,事態にかかわる参与者の情報が残り,受け手は事象の具体的内容を推測するという作業が求められるのに対し,韓国語では,むしろ述語を残して格助詞が省かれることが多く,事象の内容を根拠に事態の参与者の関わり方を推測させる戦略がとられる,との非常に興味深い指摘もしている.
日本語と韓国語は系統の近い言語として構造的に多くの類似点をもつとされるが,本研究によって,字幕の省略においては日韓で異なる戦略をとっていることが明らかにされた.このことは,日韓両言語の相違点を追求する対照研究に資するだけでなく,日韓両文化の差異とも関連することが示唆されている.本論文の筆者には,今後,このテーマでのさらなる研究の展開も期待される.
以上のような理由から,本論文は徳川宗賢賞萌芽賞としてふさわしいと評価された.
徳川賞を受賞して
坪根由香里・田中真理
20年前,私たちは「いい」作文の要因を調べる研究を始めました.その後,田中はライティング評価基準の作成を進めてきましたが,その過程で,評価には評価者のライティング観が深く関わり,統計的な分析やアンケート等によるメタ認知では評価者間の評価のずれは解決できないことに気づきました(『社会言語科学』12(1)).そこで,実際の評価場面での思考プロセスを探るためにプロトコルをとることを考え,そこから再び坪根が合流しました.まず日本語教師によるgood writingの評価プロセスや決定要因を分析しました(同14(1)).そして,更に「いい内容」「いい構成」について探ったものが本論文です.内容に対する感じ方は人それぞれで,「いい内容」をテーマにすることには葛藤もありました.それでも,作文を評価する教師にとって役立つ情報があるかもしれないと期待し,研究に取り組みました.まだ僅かな成果ではありますが,今回このような名誉ある賞をいただくことができ,大変光栄に思っています.調査や論文執筆で力を貸してくださった皆様に,この場をお借りして感謝申し上げます.
尹 盛熙
徳川宗賢賞の萌芽賞をいただき,誠にありがとうございます.過去に日本語と韓国語の会議通訳として働いていたことがありますが,現場で特に意識していたのは,異なる言語で提示された情報を,限られた時間内にできるだけ多く伝えるにはどうすればよいか,ということでした.しかし,詰め込めばよいわけでもないという,聞く側の負担や解釈の視点など,情報の受け手に対する配慮が重要である点は,常に難しい所でした.その経験から,情報を伝える上で効率のよい言語形式とはどのようなものか,何が省かれて何が残るか,などについて様々な角度から調べたいという思いの一歩を形にしたのが今回の論文です.自分の経験を研究に結びつけ,今後の方向性を定める上で,今回の萌芽賞は大変意義深いものと受け止めております.テーマ着想と発表の過程でご指導いただいた先生方を始め,貴重なご指摘を下さった査読の先生方,そして社会言語科学会のお力添えに深く感謝申し上げます.