第6回 徳川宗賢賞受賞論文(2006年度)
萌芽賞(『社会言語科学』掲載順)
「中国延辺朝鮮語の聞き手待遇について -「하오hao体」を中心に-」
『社会言語科学』第8巻第1号(2006) 57頁-68頁
- 千惠蘭
- (放送大学非常勤講師)
「会話参加者間の社会的関係による感動詞の音声的特徴―応答における「あ」のバリエーション―」
『社会言語科学』第8巻第1号(2006) 181頁-192頁
- 須藤潤
- (大阪外国語大学大学院博士後期課程)
優秀賞
該当なし
- (*) 徳川宗賢賞は2004年度より「優秀賞」と「萌芽賞」の2賞になっています.
受賞理由
「中国延辺朝鮮語の聞き手待遇について -「하오hao体」を中心に-」
千惠蘭
中国延辺地方の朝鮮族が日常的に話すことば(延辺朝鮮語)における待遇表現,特に文末の聞き手待遇形式を取り上げ,アンケート調査をもとに その使用状況を分析した論文である.本論文では文末形式の中でも最も使用率の高い하오hao体の使用条件を中心に考察している.これまで延辺朝鮮語に関す る詳細な分析はほとんどなされておらず,調査によって得られた資料をもとに詳細な分析を行ったことが評価された.さらに,本論文は하오hao体の使用状況 の分析にとどまらず,その使われ方が中国で教えられている標準朝鮮語(中国朝鮮語)や韓国で使われている朝鮮語(韓国ソウル語)と異なっていることを明ら かにしている.このことは,韓国との交流の断絶や中国語との言語接触が言語使用に大きな影響を与えていることを示唆するものであり,本論文の評価を高めた.
「会話参加者間の社会的関係による感動詞の音声的特徴―応答における「あ」のバリエーション―」
須藤潤
感動詞「あ」に着目し,「あ」のもつ音声的特徴と聞き手の判断する「あ」の社会的な機能に着目した実験を行い,「あ」の高さや長さの変化が 相手との関係による緊張と配慮とに関係するという仮説に立てて,「あ」の周波数の高さや長さを変化させて,被験者20年代~30年代に聞かせ,「あ」の周 波数の高さや長さにより被験者の解釈が「相手が自分より上」,「同等」,「親しい」,「初対面」など異なることを実証した論文である.発話と社会性との関 係についての研究は語や文のレベルの研究は多いが,このように音声という言語レベルで一番小さな単位を扱いそこに人間の社会性を結びつけた研究は多くはな い.また,その研究の方法論の妥当性,信頼性も高く,結果の考察も緻密である.以上のように,音声レベルの社会的関係性という着目点と音声実験という方法 論は新鮮な研究といえる.ただし,「あ」のもつ社会的な特徴として「緊張」と「相手への配慮」だけに絞り,他の特徴が考慮されていない点には課題が残る. これからの氏の研究の発展を期待したい.
徳川賞を受賞して
千惠蘭
初めて社会言語科学会に投稿し掲載された論文が,徳川宗賢賞萌芽賞を受賞したことには,嬉しいと同時に大変驚いています.研究 活動において,数々の貴重なご助言・ご指導をいただきました大学院指導教官の生越直樹教授にこの場を借りて深く感謝申し上げます.また,厳しくかつ丁寧に 査読してくださいました日比谷潤子編集委員長をはじめとする社会言語科学会の査読委員の先生方々にも厚くお礼申し上げます.
振り返れば,東京大学大学院修士課程一年の時に,生まれ育った故郷の言葉を研究テーマに選んで以来,いきづまり,テーマに疑問を感じたり, 続けていく自信が無くなったりしたことも一度や二度ではありませんでした.それでもここまでくることができたのは,先生や研究仲間,調査に協力していただ いた多くの延辺のインフォーマントの方々,それと延辺に住む両親の応援があったからこそだと思います.
これからは今回の受賞を励みにして,調査・研究に邁進していきたいと思います.
須藤潤
「あ」と出会ったのは,大学3年の冬,テレビ番組の会話を文字化しながら学期末レポートのテーマを考えていた時でした.発話の 冒頭に「あ」が多く目についた,という単純な動機でレポートを書き始めました.もちろん,当時はレポートさえ書ければよかったので,大学院へ進学する,ま してや,賞がいただけるとは夢にも思っていませんでした.
このレポートを興味深いと評価してくださった筒井佐代先生には,会話分析の面白さを教えていただき,それがきっかけとなり研究者として 歩むこととなりました.そして,音声という感動詞研究の新たな視点を与えてくださった郡史郎先生には,私のロシア滞在中にもメールで繰り返しご指導いただ きました.指導教官として研究者のいろはを教えてくださった両先生,調査にご協力くださった多くの方々,そして,社会言語科学会の先生方に対して,この場 を借りて厚くお礼申し上げます.いつか実を結べるよう,この「萌芽」を精一杯育てていきたいと思います.