2020年度(第20回 受賞論文)

第20回 徳川宗賢賞受賞論文(2020年度)

優秀賞

「中国朝鮮族言語使用・意識の多様性に関する研究 —朝鮮族学校でのアンケート調査」
第22巻1号,pp. 125-141.

新井保裕
(東洋大学(掲載時*))
生越直樹
(東京大学(掲載時))
孫蓮花
(大連理工大学)
李東哲
(新羅大学)
  • *受賞時の所属: 文京学院大学

萌芽賞

「自閉症スペクトラムの青年と療育者の日常の相互行為 —療育者からの極性疑問文とその応答に関する考察―」
第22巻2号,pp. 3-14.

亀井恵里子
(神奈川大学)
細田由利
(神奈川大学)
アリン,デビッド
(神奈川大学)

授賞理由

優秀賞

新井保裕・生越直樹・孫蓮花・李東哲
「中国朝鮮族言語使用・意識の多様性に関する研究 —朝鮮族学校でのアンケート調査」

第22巻1号,pp.125-141. 

 本論文は,中国の延吉市,通化市,大連市という三地域における朝鮮族学校に通う学生に対してアンケート調査を行い,中国朝鮮族の言語使用・意識を比較分析したものである.分析の結果,延吉市は朝鮮語志向,通化市と大連市は中国語志向が強いことから,地域差という多様性があることを明らかにしている.さらに,性別で見ると,男性の中国語志向,女性の朝鮮語志向が三地域で共通して見られたことも指摘している.こうした地域差,性別差が見られる背景について,先行研究の知見,および,インタビュー調査の結果をもとに詳細な考察を加えている.そして,結論として,地域差,性別差という多様性が見られる背景について,中国社会で生き抜くための「社会化」という概念から説明するモデルを提案している.

 中国の三地域における1281名の学生に対してアンケート調査を実施するという大規模調査を行い,統計手法を用いて,得られた大量データを詳細かつ綿密に分析しているという点で,労力を費やした非常に貴重な研究であると言える.さらに,日本,中国の共同研究メンバーが連携してデータ収集・分析を行っているという点で,国と国を繋ぐ国際的な研究であると言える.また,変化する言語使用を「社会化」という観点から精緻にモデル化している点でも,他の地域の言語使用を考える際の有益な知見となりうると考えられる.このような点から,本論文は,言語と社会の関係を考える本学会の理念からも高く評価でき,徳川宗賢賞優秀賞にふさわしい論文であると判断された.

萌芽賞

亀井恵里子・細田由利・アリン,デビッド
「自閉症スペクトラムの青年と療育者の日常の相互行為 —療育者からの極性疑問文とその応答」
第22巻2号,pp.3-14.

 本論文は,自閉症スペクトラム障害を持つ青年が療育者である母親からの極性の質問,つまり疑問詞を含まない通常Yes-Noで答えるような問い,にどのように返答するかを,会話分析の手法を用いて分析したものである.分析の結果,極性の質問に対して,「はい」「いいえ」ではなく質問の述語部分を繰り返す形で返答が行われていること,さらに,単なる繰り返しではなく文法的,プロソディー的に適切な形に変換されて返答が行われていることを明らかにしている.この分析から,自閉症スペクトラム障害を持つ人の質問への返答を詳細に検証することにより,その人の持つ相互行為能力を明らかにできることを示した.また,療育者が質問を極性疑問文の形にするなど,容易に返答できるように質問をデザインすることにより相互行為を促していることから,療育者による質問のデザインの重要性も指摘している.

 自閉症の青年とその母親の会話データという貴重なデータを収集し,それに対して綿密な分析を行っていること,特に極性の質問という新たな視点から分析を進めることにより,相互行為構築の様相を明らかにした点で,本論文は高く評価できるものである.現段階では事例研究にとどまっているが,今後さらに事例データが蓄積されることにより,本論文で明らかにしたことの検証やさらなる新たな発見を望むことができ,萌芽賞にふさわしい研究と言えよう.本論文の研究成果は,自閉症スペクトラム障害を持つ人とコミュニケーションする上で参考となり得るもので,社会的意義も大きいと考えられる.そういう意味で,本学会が目指すウエルフェア・リングイスティクスの趣旨にも合致すると考える.

徳川宗賢賞を受賞して

新井保裕・生越直樹・孫蓮花・李東哲

 この度は,大変栄誉ある徳川宗賢賞を受賞する機会をいただき,まことにありがとうございます.改めまして,徳川賞選考委員会の先生方,本論文査読者の先生方,そして本研究に多大なるご協力をくださった皆様に心より感謝申し上げます.

  本論文は,李が延吉市の調査を,孫が通化市及び大連市の調査を企画担当し,生越・新井が全体統括という形で3地域を巡りデータ収集を行いました.アンケートの作成及び収集データ分析の段階で適宜進捗状況を共有し,それまでの意見交換をもとに,新井が結果を分析考察したものが本論文です.日本で韓国語を教える生越・新井はこれまで日本と韓国を主たる研究フィールドとしてきましたが,中国で日本語を教える孫・李が生越研究室で研究員として在外研究を行ったことがきっかけで,中国という新たなフィールドで,分野横断的な共同研究が始まりました.こうした国際性,学際性をご評価いただけたことを心からありがたく思うと同時に,社会言語科学会の理念にも則る,言語と社会の関係を考える研究を今後も行っていきたいと考えます.

亀井恵里子・細田由利・アリン,デビッド

 この度は大変栄誉ある徳川宗賢賞を賜り,誠に光栄に存じます.選考委員会の皆様に厚く御礼を申し上げます.

 本研究は,2016年に自閉症スペクトラム障がいを持つ青年とそのご家族との出会いから始まりました.ご家族からお話を伺う度に,この障がいに対する理解や対応の難しさ,問題の大きさを知り,状況を改善する糸口になれないかという思いから,会話分析の手法で相互行為を分析させて頂きたいという思いに至りました.データを取らせて頂きたいという大変厚かましいお願いにも関わらず快諾下さったご家族には感謝の気持ちで一杯です.また,本論文を作成するにあたり,障がい者施設の先生方や査読者の先生方からとても貴重なご意見やご指摘を頂いたことに心より感謝申し上げます.

 今後も自閉症スペクトラム障がいを持つ人に対する社会の理解が進むよう,より一層努力をして参ります.